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日本昔話 

鶴の恩返し

昔々、ある所に老夫婦が住んでいた。ある冬の雪の日、夫が町に薪を売りに出かけた帰りに、罠にかかった一羽の鶴を見つける。可哀想に思った彼は、鶴を罠から逃がしてやった。激しく雪が降り積もるその夜、美しい娘が夫婦の家へやってきた。道に迷ったので一晩泊めて欲しいと言う娘を、夫婦は快く家に入れてやった。次の日も、また次の日も雪はなかなか止まず、娘は老夫婦の家に留まっていた。その間、娘は甲斐甲斐しく夫婦の世話をし、彼らを大そう喜ばせた。ある日、娘が「布を織りたいので糸を買ってきて欲しい」と言うので爺は糸を買ってきた。作業を始める時、娘は「絶対に部屋を覗かないで下さい」と夫婦に言い残した。布を一反織り終わると、娘は「これを売って、また糸を買ってきて欲しい」と夫婦に託した。娘が織った布は大変美しく、たちまち町で評判となり、老夫婦は長者になった。初めのうちは辛抱して約束を守っていた老夫婦だが、ついに好奇心に勝てず覗いてしまった。娘の姿があるはずのそこには、一羽の鶴がいた。鶴は布に自分の羽根を織り込み、それを夫婦に売ってもらっていたのだ。機織を終えた娘は自分が爺に助けてもらった鶴だと告白し、両手を広げ鶴になり、別れを惜しむ老夫婦に見送られ空へと帰っていった。

鶴の恩返しでありますが、ふとこれは、「何が言いたいのだろうか。」と疑問に思います。

物語的に矛盾がいっぱいあります。「覗くな。」と言われれば、覗きたくなる。これは人間の性だと思います。

また、覗かれたならば、なぜ、機を織れなくなるのかこれも疑問です。

いろいろと考えたのですが、やはり、「現代の考え」に毒されているので、矛盾も起きてくるのだと思いました。

昔の考えですと、「殿様の考えが絶対的で、これに何が何でも服従しなければならない。」とか「親の言うことに逆らってはいけない。」とか「目上に言う人の言うことが正しいのであって言い訳してはならない。」とか「妻は夫に従うべきだ。」とかの考えがあったわけだと思います。これは、朱子学の考えだと思います。

では、こういった考えを民衆に教え込むためには、上記のようなおとぎ話がいいわけであります。

つまり、鶴が「決して見ないでください。」と言われれば、何が何でも見ないことがよいこととされたわけです。

しかしながら、人間の性として「見てしまう」のですが、「見てしまった」代償として、今まで手に入っていた美しい織物が急に途絶えてしまうという不幸を被ることになります。

民衆にとって、普段の生活が不幸で、お金持ちになることが幸福のようです。実際、庄屋とか長者とかは、機転を利かせて商売をしたりして儲かったと思われますが、民衆の場合、日常手に入らないような褒美をもうことによってしか財を増やしていくことが考えられなかったのでしょう。

「見てしまったらなぜ機が織れないのか。」こう言った矛盾点を指摘すること自体、許されないことで、話の腰を折るようなことを話し手に尋ねると「織れないと言ったら織れないのだ。」と怒られます。

民衆は、こういう話を聞いて、「そうか。見るなと言われれば、絶対見ないことがいいことだ。そうすれば、ずっと、織物を手に入れることができて大金持ちになることができるのだ。」と理解するのだと思います。

上の者の言うことに絶対服従してさえいれば、自分は幸福になれるといった意味があったのでしょう。

舌切雀に関してもそうです。「大きいほうと小さいほうを勧められれば、遠慮して小さいほうを取るべきだ。」と道徳観を教え込もうとしているわけですが、教え込まれた民衆は、「小さいほうのほうがいいものが詰まっている。」とこちらのほうが貪欲です。本来教えたかった意味を教えていません。

本来、「見るなと言われれば、決して見てはいけません。たとえ自分が損をしようと。」とか、「どちらでもお好きなほうをどうぞと言われれば、遠慮して小さいものを選ぶべきです。大きいほうが得だとか損だとか損得勘定は抜きにして。」ということを教えたかったと思います。しかし、民衆にそういった「礼儀」を教えるためには物欲で扇動するしかなかったのだと思います。



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この記事へのコメント

こんにちは

日本の童話や昔話の内容に納得するのは
多分、日本人だけなんでしょうね。
傘地蔵の話も、いかにも他人には親切にしなさい
みたいな説教くささが鼻につきます。
それなのに「三年寝太郎」の存在って一体・・・
この話の内容の、どこに美徳があるのやら・・・・

こんにちは。あ、そのネタは、私の書いた記事だぁ。TJさんの 食いつき良かったやつです(^^)d

コメントありがとうございます。

かかずユキさん、コメントありがとうございます。

三年寝太郎、これは、大器晩成という意味でしょうかね。これの話は、鶴の恩返しとは違う意味合いがあるように思います。

コメントありがとうございます。

yuruさん、コメントありがとうございます。

そうです、yuruさんのブログを見て、「うーん。どういう意味があったのだろうか。」と考えてしまいました。
多分、今の価値観とは違うものの見方なのだろうなあとも思いました。

浦島太郎の方は、もう少しひねりが加わったもので多少SFちっくな要素が入っていると思います。
しかし、今も昔も「見るな。」と言われれば、見てしまうのは世の常でしょうなあ。
「カンニングはいけません。」と言われても「いかにできるか。」と考えてしまうのでしょう。

誰でもこういう要素はあると思いますよ。今の時代の方が昔よりかなり寛容になったと思います。

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