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原発絶対反対!!(おかしな記事、解釈) 

大前研一氏 原発設計は知識人でなく現場の知恵を重視すべき (NEWSポストセブン)

東日本大震災は、人類とテクノロジーの関係に大転換を迫っている。大前研一氏は、そう指摘する。そして、福島第一原発事故「最大の教訓」とは何か。以下は、大前氏の指摘である。

 * * *
 なぜ十分なリスク管理がなされなかったのか? 本来ならエンジニアは、あらゆるケースを想定し、何系統もの電源や冷却手段を用意しておかねばならなかった。福島第一原発では5系統もの非常用冷却システムを考えてはいたが、それらすべてが電源を必要とするにもかかわらず、電源は3系統あるから万全、としたところで思考が停止していた。スリーマイル島原発事故で想定通りに機能した格納容器という「最終砦」に安住していた、といわれても仕方がないだろう。

 また、この問題ではコストや利便性と安全性の関係という側面も見逃せない。コストや利便性のために原子炉6基を同じ場所に造り、貯蔵プールに新・旧の燃料棒を一緒に入れておいたことが被害をより深刻かつ複雑なものとしてしまった。

 ならば確率論からはゼロに等しい事故の可能性まで考えて設計すべきだったかというと、それは現実的に難しい。確率を無視したテクノロジーは無限に高価になるからだ。低価格車のエアバッグが運転席と助手席の前面にしか標準装備されていないように、安全性はコストとのトレードオフ(一方を追求すれば他方を犠牲にせざるをえないという二律背反の関係)であり、絶対に乗員が怪我をしない車を作ろうとすれば、戦車のようなものになってしまう。

 今後、もし原発を新設する場合は、今回の事故の反省をすべて生かし、たとえ全電源を喪失しても格納容器が損傷しても冷却機能だけは維持できる原子炉、絶対に放射性物質が飛散しない原子炉を考えねばならない。

 たとえば、完全に別系統のループを外部から持ち込んだ電源車で崩壊熱の冷却を続ける、といった“現場の知恵”ともいえる発想が欠けていたことが今回の事故で浮き彫りになった。

 つまりMITの大教授や原子力安全委員会など頭でっかちの「安全基準」の外側に、想定外の暴走を止める意外に簡単な仕掛けがあった、ということである。これから事故の解明が進む中で、数々のアイデアが浮かび上がるに違いない。

※週刊ポスト2011年5月6日・13日号

文化人が偉そうに上のような記事を書くべきではない!!おかしい部分を赤字にしておいた。

こういうのを見ると、「へえー。そうだよなあ。」と今回の事故、もっと、安全設計を強化して作れば大丈夫だと納得するような記事内容になっている。このような記事があると、今回の事件が風化し、「あのときは、安全基準が甘かったからだ。」ということで落ち着いてしまう。大前健一、おまえ、東電、政府から金をもらっているのか?

まず、赤字の部分を考察してみる。原発を車に例えているが、これは、比較にならない。

確かに、ゼロに等しい事故の可能性を考えると、車が戦車になるというのはわかる。戦車になったところで、バズーカ砲、あるいは戦闘機からの空爆がもしあった場合、これは安全とはいえない。こういったものから攻撃される可能性はゼロではない。

しかし、この記事で問題は、車が戦車になるから安全という確率論はあるところで線を引くべきだという説得力がありそうで実は全く論点をはき違えているところにある。

まず、車が事故になった場合、事故の程度にもよるが、エアバックのおかげで運転手が助かったり、または運悪く死亡する。

この事故車の処理は、一般には、レッカー車が来て、事故車の後始末をし、数時間後には通行止めであった道路が開通になる。

車に例えるなら、事故が起こった場合、どう処理をするか。ということを考えるのが、原発問題と対比することである。

あえて、原発に例えるなら、車で事故を起こした場合、高速道路が爆撃を受けたように大破して、復旧作業に数か月~数年かかってしまう。その間、この主要道路を利用する産業、住民、その他諸々が一斉に迷惑を被る。ということに相当する。

確率論で言うなら、車同士の事故で高速道路が爆撃を受けたように大破するか。という確率を計算するべきである。これが限りなくゼロであるから、車は平気で時速100km以上の速度で高速道路を行き来することができるのである。

原発をあえて、高速道路に例えたが、原発のほうがもっとたちが悪い。この事故は住民の健康および命を脅かすことなのである。

このような論理をこれからもマスゴミは持ってくるかもしれない。皆さん騙されないようにしましょう。

いいですか。考えておかなければならないことは、万が一、事故を起こした場合、どう対処できるか。この対処の安全性が大きな確率で行えるときに確率論を振りかざすべきなのである。

この事故後の安全性の確保ができない場合は、原発自身が高い安全性を示していても決してやるべきではないのである。




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